ご機嫌な職場日記

片岡裕司 連載コラム 「『働く』を『幸せ』に変えるマネジメント」⑤ 2015年10月23日

このコラムでは、わたしが出会った素敵なマネジャーたちの物語をご紹介します。彼らのストーリーの中に、「働く」を「幸せ」に変えるための大切なヒントが詰まっていると思います。ぜひ、感じ取ってください。
*このコラムは実話をベースに作成しておりますが、社名や氏名、そして若干の設定を変更したストーリーとなっています。

第5回「後始末が部長の仕事か・・・」

井上が生産管理部長の辞令を受けとったのは3ヶ月前。しかし念願の生産管理部長への異動辞令を聴いたときの高揚感は、すっかり遠く昔の思い出のようだった。

法人向けの特殊機械を製造するA社において、お客様の発注から生産、品質検査、調達も含めすべての工程を管理し、また営業サイドの戦略立案にまで関わる生産管理部長のポストは花形中の花形ポストであった。「これが勝負どころ」と、普段冷静な井上も少々肩に力が入っていた。また、生産現場出身で、直近は営業企画部門で部長をしていた井上にとって、納期遅れと、品質クレームが頻出していることに相当な危機感も持っていた。

しかし、一週間も過ぎると井上はトラブルの濁流に飲み込まれ、現場からメールで送られてくトラブルの数々にいつも唖然とさせられていた。

「最終検査で不良が発見され出荷できない」
「あるはずの部品在庫がなく、組み立て工程が止まってしまった」

後始末に翻弄される井上はいつも、「なぜもう少し早く・・・」と悔しい気持ちで奥歯を噛みしめていた。
また更に井上を陰鬱とさせるのが、各部から寄せられる自己弁護の報告であった。井上は居ても立っても居られず、工場を鬼の形相で走り回っていることから、「暴走機関車」と現場では揶揄されていた。

そんな混乱状況の折、人事部から一本のメールが入った。来月から研修をスタートするという事だった。何でも12名の部長を、毎週火曜日の朝に集め、75分間のセッションを30回続けるという内容だった。

初めて見るタイプの研修だなあと思いつつ、自分の現状を見つめると、30週間後には生産管理の責任者から外されているかもな・・・と思わず物思いにふけってしまった。

井上は研修の狙いにちょっとした引っ掛かりを感じていた。

「マネジャーの成長に欠かせない力は、経験を振り返る力(内省力)であり、この研修では忙しいマネジャーが、その忙しい中で自分の経験やマネジメントを仲間とともに振り返り、経験を通じ成長していく力の獲得を目指します」

暴走機関車と化している井上にとっては、振り返るという行為は相当に遠いものと感じた。

「忙しい中でも自分を振り返る力か・・・」

「この忙しい時に・・・」と思わないでもなかったが、このままこのペースを続けていていても何も変わらない事だけは薄々感じつつあった井上は、藁にもすがる思いで研修に参加することを決めた。

その研修は、マネハプと言うマネジメントについて立場の同じマネジャー同士が経験を共有するというワークから毎回スタートした。ハプニングに事欠かない井上の話は毎回、他の参加者からの注目の的となっていた。何回かセッションを重ねてきた頃だった。井上はいつものようにマネハプでトラブルに巻き込まれた話を振り返っていた。

「いやー、本当に難しいですね。後始末ばかりで困ってしまいますよ・・・」

そう話を締めた井上に対して、ファシリテーターと言う研修講師が話を重ねてきた。

「井上さん。本当に毎日大変ですね。でも、「難しいね」っていうのは、振り返りを止めちゃうキーワードなんですよ。「難しいね」というと、その後考えなくて良くなるでしょ。だから、「難しいな」と感じたときは、逆に「こういう時は難しく考えすぎずに・・・」と口にするようにしてみてください」

優しい語り口だったせいか、思わず照れ笑いでその場をやり過ごしたものの、確かに「難しいね」と言っている瞬間、自分が問題から逃避していることに気が付いた。そんなことを内省しているとき、ファシリテーターが更に質問をしてきた。

「もう少し早く事実を知ることができれば問題を小さくすることができたんですか?」
とっさの質問に完全に不意を突かれた井上にファシリテーターが質問を重ねてきた。

「後始末ではなくて、前始末をする方法はありませんか?」
「何かもう少し早く情報をキャッチする方法は無いんですか?」

昇格後、ひたすら後始末に追われてきた井上にとって、情報を手前でキャッチして、後始末ならぬ、前で始末するという事すら考えてこなかったことに気付いた。

「そんなことができるのだろうか?」

井上はその日から、その事ばかりを考えていた。

そんな時、あるメールが目に飛び込んできた。
井上には通常他部門の部長、もしくは課長から情報が共有されるが、時折、他部門の顔も分からないメンバーからのCCメールが入ることがあった。激流に日々飲み込まれている井上にとって、正直、CCメールは蚊帳の外の存在だったが、その瞬間、「ひょっとしたら」という予感があった。

悠長にメールを読み込む時間がもったいないと思った井上は、送信元の担当者に内線を入れた。

「メールありがとう。」
「急にCCを入れてもらっているけど、何か僕に協力できることがある?」

無意識に「ありがとう」と言っている自分に気が付き照れくさくなったものの、現場を仲間に付けなければという無意識の意識がそこにはあった。顔も分からないその担当者は戸惑っている様子だったが、現状を訴えるように伝えてきた。

状況を把握した井上は、即座に対策会議を開き、部門間調整を行いトラブルを未然に防ぐことに成功した。

「やれやれ・・・・。前始末か・・・。」
井上はその言葉を噛みしめるように、自分自身を振り返っていた。

半年後。井上の朝の電話攻撃は工場内で有名になっていた。
あの出来事以降、井上は出社時間を朝7時としていた。そして今まで見ていなかったCCメールをチェックし、8時から担当者に次々と電話をしていた。

「何があったの? 何が一番心配? 困っていることは?」
「僕へのリクエストはある?」
「君の意見を教えてくれるかな?」

問題があっても決して語気を荒げることなく、協力的な井上の態度は、今までクレームで張りつめていた工場内の空気すら変えていた。

また暴走列車と言われていた井上は、今では工場内をゆったりと歩き、いろんな職場で雑談している姿が見られるようになっていた。


ある日の研修で井上はファシリテーターからこんな問い掛けを受けた。
「井上さん。それにしても最近いつも笑顔ですね」

少し、はぐらかすように井上は答えた。
「以前は後始末が自分の仕事と思って一生懸命仕事をしていましたが・・・、でも、ちょっと違っていたようです。少しだけ前で始末する方法が分かってきました。」


END


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