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和田 誠司 連載コラム「渋沢栄一から学べること」4

和田 誠司2021.08.16

(今回はやや長文となっていますが、最後までお読み頂けますと幸いです)

前回は栄一がどのように立志をしたのか、を探求していった。その中で、栄一はヨーロッパ視察を経て、「合本主義」を考察したとお伝えした。今回は栄一が最も大切にした考え、価値観である「合本主義」について、探求をしていく。

「合本主義」とよく対比されるものが「専制主義」である。独裁主義と言われることも多い。言い換えると、カリスマ型リーダーがビジョンを描き、フォロアーがそれに従い動くという考えである。専制主義をとっていたのが、明治期のカリスマ型リーダーの一人である、岩崎弥太郎だ。岩崎弥太郎と渋沢栄一の経営思想の違いを知ることで、合本主義の考えをより詳しく知ることができる。本稿では二人の思想の違いから争いに発展したエピソードを振り返る。

まず、栄一の考えである「合本主義」を探求してみよう。「合本主義」とは、「公益を追求するという使命や目的を達成するのに最も適した人材と資本を集め、事業を推進させる」という考え方のことである。
今で言う株式会社と同じという考え方も多いが、私は栄一が社会全般を捉えたより広い考え方をしていたと感じる。それは、彼の企業設立や支援の方法を見ればよく分かる。
栄一が全ての会社の経営を行うことなく、適材適所に人材を登用し、自身は相談役などに回るケースが多かった。つまり栄一は、人をつなぐことに尽力をしたのである。そして、設立支援をした企業が軌道に乗るとその株式を売却し、次の新しい企業の設立資金に当てていた。ちなみに、給金をもらっていたのは、第一銀行のみであって、他の企業からは配当金のみを受け取っていた。配当金を次の企業の設立資金や社会事業に回していたため、渋沢財閥は、三井、三菱、住友などの巨大財閥に比べ、かなり規模が小さかった。功績を考えれば、三大財閥に肩を並べていてもおかしくはないだろうが......。
このような彼の行動を島田昌和教授は
「まだまだ不安定で不確実だった明治中期のビジネスの立ち上げをかなりの私財を提供する形で支援し、長期的な視点での安定化をはかったのであった」。※1と評価している。
このことからも、自身の財力を伸ばすことより、公益を追求していたことが分かるだろう。栄一の活躍は、人的ネットワークを駆使し、人をつなぎ、国を豊かにしていったと言っても過言ではないだろう。まさに、合本主義を生涯貫いたのである。


次に弥太郎の考えである、専制主義を理解するために、彼が興した郵便汽船三菱会社(以後郵便汽船)の社則を見てみたい。
第一条 当社はしばらく会社の名を命じ、会社の体をなすといえども、その実全く一家(岩崎家)の事業にして、他の資金を募集し結社するものと大いに異なる。故に会社に関する一切のことおよび褒貶黜陟(ことの良し悪しや人事)など全て社長の特裁を仰ぐべし。
第二条 ゆえに会社の利益は全く社長(弥太郎)の一身に帰し、会社の損失もまた社長の一身に帰すべし。※()内は筆者が加筆。
このように専制主義が色濃く現れている。独裁的すぎると思われるかも知れないが、メリットもある。弥太郎のようなカリスマ型リーダーがビジョンを示してくれて、しかも彼が会社の損失まで背負ってもらえるのであるから、従業員からしたら安心感を持って働けるだろう。弥太郎のカリスマ型リーダーシップにより、郵便汽船は大いに成長する。弥太郎も最期まで専制主義を貫いた。

栄一と弥太郎の経営思想の違いは明確だが、初めから二人が争っていたわけではない。むしろ、ビジネスで協働していたのだ。例えば、弥太郎が日本で初めて海上保険事業をやろうとした時、政府の許可を得られず苦しんでいた。これを助けたのが、栄一である。二人の協働で日本初の海上保険が誕生し、今では東京海上日動火災保険株式会社となっている。
なぜ、異なる経営思想の二人が繋がれたのか。それは、国家を豊かにする、という目的が共通していたからである。栄一は合本主義により、公益を追求し、国を豊かにしようとした。弥太郎は自社を発展、成長させることで、国を豊かにしようとした。国を豊かにする、この目的はまったく共通していた。
当初は協働していた二人だが、根底となる経営思想が異なったため、次第に争うこととなる。

争いのきっかけは、栄一が海運事業に参入しようとしたためである。
弥太郎率いる郵便汽船は、もともと価格も安く、他社より圧倒的にサービス精神旺盛なため、ユーザーから支持を得ていた。加えて、台湾出兵支援を成功させたことにより、日本の海運事業を牛耳るようになっていった。しかし、天下をとった途端に同社の社員の態度が変わり、殿様商売をするようになり、ユーザーはしょうがなく郵便汽船を使うというようになっていた。一部の政治家からは「弥太郎は国賊同然だ!」 と言われる始末であった。
次第に、「この状況を打破してほしい」と栄一に救いの声が集まるようになる。栄一は使命感から、海運事業への参入を決心する。
弥太郎にとっては当然強力なライバルとなるため、栄一に待ったをかけようとした。
接待を得意する弥太郎は、栄一を屋形船に誘い、説得を試みる。その時の様子を栄一は以下のように回想している。
『岩崎氏は「実は少し話したいことがあるのだが、これからの実業はどうしたらよいだろうか」というので私は「当然合本法でやらねばならぬ、今のようではいけない」と言った。それに対し岩崎は「合本法は成立せぬ。もう少し専制主義で個人でやる必要がある」と唱へ、大体論として「合本法がよい」「いや合本法は悪い」と論じ合い、はては、結末がつかぬので、私は芸者を伴れて引上げた」』※2
つまり、説得するどころか、合本主義と専制主義の二つの経営思想の違いから、喧嘩を始めてしまったわけだ。当然折り合うこともなく、これを機に二人は争い続けることとなる。泥沼の争いは、弥太郎が死ぬまで続いてしまう。その後、弟の弥之助が郵便汽船の経営を引き継ぐ。弥之助と栄一は思想が似ていたこともあり、両者の遺恨は解消された。それで、できたのが日本郵船である。
ちなみに、記録を見る限りでは、栄一はそこまで弥太郎と激しく争うつもりはなかったように感じる。しかし、弥太郎自身と栄一の周囲がよりを戻すことを許さなかった。結局、弥太郎と栄一が協働することは二度となかった。

さて、本稿では二人の経営思想の違いを見てきた。私は思想の違いが、リーダーシップに現れていたと考える。弥太郎はいわゆるカリスマ型リーダーシップを取っていた。これは先にも述べたが、優れたリーダーがビジョンを描き、フォロアーがそれに従うというものだ。これは、先見性のあるリーダーがいるときは、スピードも早く、事業が成功することが多いだろう。しかし、事業や組織、そして、恐らく社会の観点からも持続可能性は低いだろう。なぜかというと、先程カリスマ型リーダーシップは、フォロアーに安心感を与えると述べた。言い換えると、フォロアーが優秀なリーダーの言われたとおりにしか動けないといった、思考停止状態に陥る危険性があるということだ。もし、思考停止状態が行き過ぎると、事業であれば「このくらいは大丈夫」、組織であれば「まぁ上の言ったことだし」、社会であれば「自分たちにはこれ以上できることはない」というような会話が日常的に行われるということである。つまり、多くのことが他人ごと化してしまう危険性がある。
これはあくまで推測だが、弥太郎が元気に事業を続けていたら、恐らく今の三菱グループはなく、郵船汽船のまま会社は解散していたと思う。それほど、栄一と弥太郎の争いは激しかったし、弥太郎が途中で戦いを辞めるとは思えない。その争いに、郵船汽船の社員は従う他に手段を考えなかっただろう。反対に栄一の方はというと、協力する仲間を見つけ、危機を乗り越えていたと思う。

他方で、栄一がとっていたのがコネクティングリーダーシップである。コネクティングリーダーシップとは、ジェイフィールが提唱する概念で、多様な人たちを結び付け、多くの知恵を結集し、ともに新たな動きを創り出し、
人と世界と未来を結び付けていく、リーダーシップ※3のことだ。
カリスマ型リーダーシップを縦のリーダーシップとするならば、コネクティングリーダーシップは横のリーダーシップ、つなぐリーダーシップである。栄一が大切にしていた思想、行動は、この横のリーダーシップではないだろうか。コネクティングリーダーシップはいろいろな人の考えや思いを結びつけ、形にしていく。そのため、時間がかかることが多い。合本主義を思想としていた栄一ですら、自分がやったほうが良い、もっと質の高い議論をしてほしい、私の思いとは違う・・・、と思うことが多々あったろう。事実、そのような記録も残っている。そう、横のリーダーシップは一人の思惑通りには行かないことがよく起こるのだ。
私はコネクティングリーダーシップ(横のリーダーシップ)の方が、持続可能性が高いと考える。なぜならば、事業、組織、社会のことも含めて、みんなが自分ごととして考えているからである。
先のカリスマ型リーダーシップを取っている組織とは違い、事業、組織、社会の側面で「もっとより良くする、もっとより良い貢献がないか」という会話が日常的に行われているだろう。それは、ビジョンを自分ごと化しているからである。事実、栄一が残した多くの企業が、今も日本社会、ひいては世界を支える企業として存在し続けている。

本稿では、二人のリーダーシップの違い、そしてそれが事業、組織、社会に及ぼすインパクトの違いを見てきた。
私が思うに、今、この状況下で何が必要なのかを考えて行動する、これが普遍的に必要だということは間違いないだろう。一言で述べると「思考は止めるな!」ということである。
私は本稿を振り返り、そして、現代の日本の状況下を見る限り、横のリーダーシップが必要なのではないかと考えている。皆さんはどのようにお考えだろうか。日本ではカリスマ型リーダーを求める声も少なくないが、果たして本当に良いのだろうか。

次回は、栄一の横のリーダーシップの実績について探求する。(了)

引用文献:
※1島田昌和『渋沢栄一 社会企業家の先駆者』岩波新書
※2渋沢栄一記念財団『デジタル版渋沢栄一伝記資料 第8巻』をもとに編集
※3ジェイフィールHPをもとに編集

参考図書:
城山三郎 『雄気堂々 上下』新潮文庫
渋沢栄一 『雨夜譚』岩波書店
渋沢栄一、守屋淳『論語と算盤』ちくま新書
木村昌人『渋沢栄一 民間経済外交の創始者』中公新書
河合 敦『渋沢栄一と岩崎弥太郎 日本の資本主義を築いた両雄の経営哲学』 幻冬舎新書
島田昌和『渋沢栄一の企業者活動の研究』日本経済論社
筆者:
株式会社ジェイフィール
和田 誠司

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