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教育と社会をつなぐ、その「先」へ
コラム「教育と社会の分断をつなぐ」第6回 最終回

村田 太2026.02.13

こんにちは、ジェイフィールの村田です。

半年前、このコラムを書き始めるとき、
「6回くらいで一区切りにしよう」という、何となくの目途はありました。
ただ、その先にどんな景色が広がっているのかまでは、正直、あまり考えていませんでした。
最初にあったのは、自分自身の原体験と、「教育と社会のあいだに、何かおかしな分断がある気がする」
という、うまく言葉にできない違和感だけでした。

それでも、書き、現場に行き、人と対話し、そのたびに考えたことを、また書いてみる。
そんなことを繰り返すうちに、大人・子ども・学校・地域・企業が、
どこかでつながり合っているような感覚が、少しずつ立ち上がってきました。

そして気づけば、それを外から眺めていたつもりの自分自身が、いつの間にか、そのつながりの中に身を置いていました。

この半年で起きたこと──「自分の半径」が広がった

この半年間で、自分に何が起きたのか。
あらためて考えてみて、真っ先に浮かんできたのは、
自分の「半径」が少しずつ広がっていたという感覚です。
このコラムやセミナーの中で、オランダ視察の話には何度か触れてきました。
受け取り方は人それぞれだと思いますが、私にとって印象に残っているのは、
一人ひとりの想像力を土台にした、市民性の高さでした。

自分の暮らしや仕事と、社会や教育が、切り離されたものではなく、地続きのものとして捉えられている。
そんな感覚が、オランダでは特別なものではなく、ごく自然な前提として存在しているように感じました。
あの視察から2年半ほどが経った今でも、そのときに抱いた問いや違和感は、この半年間のコラムや対話を通じて、むしろ自分の中で、少しずつ輪郭を持ちはじめています。

半径を広げたのは、「想像力」の捉え直し

では、その半径は、どうやって広がっていったのか。
いま思うのは、それは「想像力」の捉え直しだったのだと思います。
想像力というと、遠くの世界に思いを馳せたり、自分とは関係のない課題を一気に引き受けたりする力のように語られがちです。
けれど、少なくとも私の場合、想像力はそんな“飛び地”から始まったものではありませんでした。
自分の身の回りで起きている出来事に、少しでも共感できるものがあれば、その「ちょっと外側」にも、想像力は静かに広がっていく。
「あれ、ちょっとおかしいかも」
そんな小さな違和感に、自分の経験をほんの少し重ねてみる。
完璧に理解しなくていいし、正解を出す必要もない。ただ、違和感をなかったことにしない。
市民性は、志や使命感から始まるものではない。
少なくとも私にとっては、こうした違和感を丁寧に扱おうとする姿勢の中で、いつの間にか育っていくものだったように思います。

余白のない現実と、「当事者」だったはずの自分

もちろん、現実はそんなにきれいな話ばかりではありません。
多くのビジネスパーソンには、正直なところ余白がない。仕事、家庭、さまざまな責任に追われ、
社会課題にまで目を向ける余裕がないのは、むしろ自然なことだと思います。
私自身も、10年以上前はまさにそうでした。
生活の中心は仕事で、その次が家庭。それ以外のことに目を向ける余地は、ほとんどなかった。
自分の半径は、仕事と家庭の中だけに、きれいに収まっていました。
だからこそ、
「余白がないから市民性を持てない」という現実を、
私は簡単に否定することができません。

半径が動き始めた最初のきっかけを辿ると、
第1回のコラムでも触れた、数年前に自分の子どもに起きた出来事に行き着きます。
当時の私は、「自分は完全な当事者だ」そう思っていました。
けれど、いまの視点で見直してみると、自分は本当に“当事者”だったのか、少し違う見え方をしています。

半径を広げるとは、立ち位置を問い直すこと

私は確かに保護者ではありました。
けれど、地域住民として、市民として、学校と同じ目線に立てていたかというと、
正直、そうではなかった。
半径を広げるというのは、遠くを見ることではなく、
自分がどこに立っているのかを、問い直すことだったのだと思います。

いま思うのは、半径が広がるということは、
特別な行動を起こすことでも、遠くの社会課題を引き受けることでもなかった。
それはむしろ、自分がどこに立ち、どこから物事を見ていたのかを、少しずつずらしていくことでした。
市民性も、同じなのかもしれません。
「これは本当に他人事なのだろうか」と立ち止まるところから、静かに育っていく。
ただ、現実には、多くの人がそんな問いを考える余白を持てない社会でもあります。

市民性は、気づいたら育っていた

それでも私が考え続けられたのは、自分の意志や善意だけのおかげではなかったと思います。
考えざるを得ない場があり、
対話から逃げられない時間があり、
気づけば、その流れの中に身を置いていた。
忙しい日常の中でも、半ば“巻き込まれるように”関わってしまう。
そんな「場」や「関係性」があったからこそ、半径は少しずつ動き出したのだと思います。
仕事、家庭、責任に追われ、半径を広げようと意識すること自体が難しい。
だからこそ、市民性は“個人の努力”だけで育つものではないのだと思います。

振り返ってみると、
この半年間のコラムやセミナーは、私にとって、まさにそうした場でした。
最初から構想があったわけでも、何かを成し遂げようとしていたわけでもありません。
ただ、違和感を書き、対話し、考え続けていただけです。
それでも気づけば、自分自身が、教育と社会をつなぐ流れの一部に、巻き込まれていました。
市民性は、育てようとして育つものではなく、気づいたら、育っていた
少なくとも私にとっては、このプロジェクトは、そんな経験でした。
もし、あなたの日常の中に、
「あれ、ちょっとおかしいかも」という違和感があるなら、
それを、なかったことにしないでみてください。
誰かと話してみる。
どこかの場に、少しだけ顔を出してみる。
それだけで、半径は、思っているよりも静かに、広がり始めるのかもしれません。

<これまでのコラム>
第5回 大人が変われば、子どもは変わる
第4回 「対話」と「ウェルビーイング」が交わるとき
第3回 “当たり前”の中に潜む、学校の対話の不在
第2回 “あいだ”に立つリーダー、校長先生の見えにくさ
第1回 なぜ、学校の話を“わたし”が語るのか

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