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『ZEN 禅的マネジメント』出版インタビュー:私たちが見失っているものとは?

ジェイフィール2022.07.16

株式会社ジェイフィールのコンサルタントである小森谷浩志さんの著書『ZEN 禅的マネジメント』(㈱内外出版社)が、2022年3月30日より発売開始されました。これを機に、今回の 「#ジェイフィールをもっと知りたい」 シリーズでは、本著者である小森谷さんにお話を伺いました。





-    本日はよろしくお願いします。まず、僕自身、禅や仏教に詳しくないのですが、とても心地よく読み進められました。文章のわかりやすさもそうですが、内容の前に、紙の質感や、行間の余白など、細かいところのバランス感覚がとても良い印象でした。



小森谷:
ありがとうございます。いろんな人が読めるように、とにかく読みやすい本にしたいという思いがありました。日本では、ちょっと歩いたり、自転車で出たりすると、お寺や神社がありますよね。仏教ってそれくらい日常に溶け込んでいます。ただあまりにも生活と近すぎて、宝物というか、その大切さに気づけていない部分があると思うんですよね。そういう部分を、わかりやすく伝えられればなと。

編集の方も「そういう方向が良いですよね。」と意図を汲んでいただき、本当に綺麗にまとめてくださいました。表紙も、私から特に色合いを指定したわけではなかったんですが、とても良いものに仕上げていただいて、ありがたかったです。




-    小森谷さんは、経営学を専門とされているので、タイトルにある「ZEN 禅的マネジメント」を見たときに、経営にまつわるお話かなとイメージしていました。ただ、読み進めていくと、経営というより、人間、もっと言うと「自分自身」が焦点にあたっているなと。マネジメントも「経営」のマネジメントではなく、セルフマネジメントに近い印象があります。



小森谷:
まさにその通りです。一般的に経営というのはたくさんの人数がいて行われるものなわけですが、その中でも基本となるのは「セルフマネジメント」。これがやっぱり重要な出発点であり、最終的にはそこに戻る、ということだと思うんですよね。

例えば、社長だったら、働いている方に対して方向性を示します。そのときに、一体自分は何をやりたい人だったんだろうか、本当に自分がワクワクすることって何なんだろうか、というように、一個人に戻って発見して、やっとみんなに「こっちに進もうよ。」と発信できるわけです。そういった帰る寄る辺としての個人=セルフという意味で、セルフマネジメントに特化して書き進めました。



本の中で貫かれた骨格




-    本の中に「対一説(ついいっせつ)」という仏教の言葉がありました。相手に応じて説く、つまり、出来合いの決まった答えなんてなくて、その人にとってその時に一番適切な答えを、その都度生み出すことが大切であると。
僕がおもしろいなと思ったのは、この本自体もその姿勢になっているのではないかというところです。この本の執筆の背景に「経済合理性の行き過ぎた社会に対する課題意識」があったとのことですが、「だから、こういう社会にするべき。」と一つの解を提示するのではなく、一人ひとりに対して、「本来の自分に目覚めよう。」とアプローチしているのが、この本らしさという印象を持ちました。



小森谷:
これは、結構本質的な問いをしてくださったと思います。今おっしゃっていただいたように、この本の一番の根幹は、一人ひとりが本来の自分に目覚めて、本来の自分を生きること。これが本の中で貫かれた骨格であり、仏教の主張してるところでもあるんですよね。「全ての人に仏性が宿る」というのが仏教の根本原理で、仏性というのは、平たく言うと「素晴らしさ」。つまり、「すでに、すべての人に素晴らしさが宿っていますよ。」ということです。

私が危惧しているのは、社会や自分自身が作った理想像に踊らされて、疲弊して、自分自身を見失ってしまっている人が多いことです。AppleやGoogleがすごい、もっと稼いだほうが良い、昇進した方が良い、生産性を上げたほうが良い、スキルを身に着けたほうが良い...などなど。でもこういうのって、限られた世代の限られた常識でしかないんですよね。実際にここ30年くらいでも、かなり価値観が変わってきています。

だからこそ、外側で作られた幻想に踊らされるのではなく、もう一回自分の足元を見てみようよと。自分はどういう人間だったっけ、何を大事にしていたっけ、というふうに自分を見たときに、やっぱり自分の進むべき道ってこっちだよね、ということが見えてくると思うんです。

江戸時代後期に「白隠」という臨済宗のお坊さんがいて、その方が書いた「坐禅和讃」という本は「衆生本来仏なり」という言葉から始まります。これは、「一般の人たちは、みな本来、仏である。」という意味です。「仏」というのは、「目覚めている人」。つまり、本来、皆さんは目覚めている、悟っているんですよ、ということなんですね。この「本来」という言葉がとても大事で、本来は目覚めているのに、そうでなくなってしまっている、見失ってしまっていませんか?という言葉、問いかけなのかなと私は解釈しています。



-    本の帯にも、「あなたは、自分を見失っていませんか?」という問いかけがありますね。インターネットが当たり前になった今では、作り上げられた理想像に容易にアクセスできるようになりました。僕自身も、困ったときは、手っ取り早くロールモデルを探したりしちゃいます...。




小森谷:
ロールモデルを見ながら、これは素晴らしいなというぐらいまでなら良いと思うんですよね。ただ、「ロールモデルにならなくちゃいけないんだ!」のような欠乏感から一生懸命やり始めちゃうと、自分と離れてしまう。なので、師匠のここは素晴らしいな、素敵だなというところと、自分とを照らし合わせながら、自分自身を磨く糧にしていくというのが大事なわけですね。




「禅」を切り口に「経営学」を捉える




-    たぶん、僕は何回も忘れてしまうと思うんですが、自分の内側に本来宿っている素晴らしさをその都度思い出して、磨いていきたいです。
著者の欄を見ると、「経営思想家、博士(経営学)」とあるので、小森谷さんの専門は経営学になりますよね。禅と経営学はどのように合わさっていったのでしょう?



小森谷:
まず禅と出会ったのは、社会人2、3年目ぐらいですね。その時に人間学の講演家みたいな先生だったんですけど、知り合いの方にすすめられて話を聞きに行きました。それがものすごく、自分の中で求めていたものとフィットした感覚があって、それからその先生に、土日はかばん持ちのようにつきっきりでいろいろなことを学ばせていただきました。

その先生が本を紹介してくれたのですが、その中の一つに、「正法眼蔵随聞記」という禅の本がありました。鎌倉時代、道元の2歳年上のお弟子さんの懐奘(えじょう)という方が書いたものです。これを読んだときに、なんでしょう、わかりやすく伝えられないんですが、すーっと私の中に自然に浸透してきたみたいな感覚を覚えたんです。その本はもうボロボロになってしまったんですが、読む読まないに関わらず、常にかばんの中に入れています。



-    それほど大事な本だったんですね。



小森谷:
「座右の書」という言葉があるくらいですからね。確かにそれはそうだなと思います。この本に出会ってから、鈴木大拙や、中村元など、他の禅に関する本も読み漁っていきました。それから禅は、私にとって「生きる」ということに関する指針になっていますね。

経営学に関しては、禅と出会った後の話です。2001年に、コンサルティング会社を立ち上げる機会があったんですが、もともと営業出身だったので、困っている方の役に立てていないなと感じていました。そこで、経営学をきちんと学び直さないとと思って修士コースに行ったんです。修士論文はチームのコミュニケーションに関することをテーマにしたんですが、それまで自分に馴染んできた禅というものには、大きなヒントがあると改めて思ったんですね。禅には、「禅問答」という、今まで当たり前と思っていたものや、既存の枠組み、とらわれを壊すような修行があります。そういったものを足がかりに、経営学を捉え直すことができないか、ということで禅を切り口に経営学を掘り下げていきました。



-    当時としては、とてもユニークな視点、考え方だったのではないでしょうか?



小森谷:
当時、指導いただいていた方が田坂広志さんという、ダボス会議の議長をされていたりと、いろんな方面に影響を与えている方なんですが、田坂さん自身も東洋思想に非常に造詣が深くて、「そういう切り口で考えるのは、我々人類にとってすごく意味のあることではないですか。」というふうに後押ししてくださいました。

このあたりから本格的に、自分の生きる上での支えになっていた禅を、経営学修士コースの論文に落とし込むという営みの中で、もう一段階掘り下がっていった感じがありましたね。



ジェイフィールとの関わり、共感している点




-    ジェイフィールとの関わりが始まったのは、これより後の話ですよね。初期のころからいらっしゃったと思いますが、ジェイフィールに共感しているところはどんなところでしょう?



小森谷:
そうですね、ジェイフィールとは2010年からなので、もう12年のお付き合いになります。まずはメンバー一人ひとりとの共感性の高さがあると思いますね。ジェイフィールには善良な人々が集まっているんです。なんて言えばいいんでしょうね、人に対して優しいというか、寄り添っているというか、そういう人間性に対する尊厳とか尊重というものをすごく持っている。

私自身でいうと、週1回は大学での講義があるし、その他にも様々な活動をしていて、そこで得たものをジェイフィールが提供していることに活かすというイメージなんですが、そういう働き方を許容してくれる懐の深さ、器の大きさもあって、ありがたい存在だと思います。
あとは、常に動的な存在であり続けようとしているところですね。今回ミッションを新しくしたみたいに、存在そのものを常にアップデートしているというのが、ジェイフィールの魅力だと思います。



-    新しいミッションに関して、小森谷さんはどのような印象を持っていますか?



小森谷:
まず「社会」という言葉が入ったことがとても大事だと思います。今まで当たり前すぎて気が付かなかったことがコロナに投げ込まれたことによって、多くの人がはっとしたのかなというふうに思うんです。やはり私たちは本来、社会的な動物であると。私たちは、社会との関係性の中で初めて活かされるので、社会を大事にしなければいけないし、その社会に課題があるのであれば、それに対してみんなで知恵を絞るのは大事なことだし、自然なことなんですね。



-    本来あった大切なものだけど、見えなくなって忘れてしまっていたこと、ということですね。



小森谷:
そうですね。昔に比べると地域とのつながりとかが少なくなっていますよね。地域の行事やお祭りもそうですし、隣のおじいちゃんおばあちゃんがおせっかいを焼いてくれるとか、そういう社会全体での子育てとかも難しくなっています。こういう社会との分離、分断が痛ましい事件につながってしまったりとか、精神的なダメージを負ってしまったりとかがあるわけですよね。そういうのを社会全体で支えられるサポートシステムがあればいいなと思います。

私も、将来どういう形になるかわかりませんが、自宅に本がたくさんあるので、セミオープンにして、地域の人たちが来れるような、図書館兼お茶飲み場みたいなことができたらいいなと思っているんですよね。ちっちゃい子も来てくれるといいなと思いますし、こういう共有地が増えるのを望んでいます。



本をきっかけとしたつながり




-    それは、とても素敵な場所ですね。これからの話がでたので、その質問をさせてください。今執筆を終えて一段落かと思いますが、今後の活動で考えていることはありますか?



小森谷:
そうですね。今回、自分の考えをこうして文章にまとめて、人類がこれまで築いてきた思想の海に、小石をぽんっと投げ入れることができた、これはとても大事なことだと思います。小石といっても砂粒ほどですが、それをやると、やっぱり少し波紋が広がる。例えば、この本で読書会をやりたいと言ってくれる友だちがいたりだとか、そういう形で、本を媒介にしながら、一人ひとりの働き方、生き方というものをよりよくしていけたらと思っています。せっかく出した本ですので、本当の意味で人の役に立てるように、一つのきっかけにできたらと思います。

また、この本をきっかけに、懐かしい人たちから連絡をいただいたり、催し物でお話をする機会をいただいたり、そういうことがきっかけで、なにか一緒に新しいことができたら嬉しいですね。先程話した「正法眼蔵随聞記」をすすめてくれた先生が、この本を執筆している途中で亡くなられました。禅に入るきっかけを与えていただいた先生で、この本の最初のきっかけと言える方なだけに、読んでいただくことが叶わずとても残念なのですが、当時先生のもとで一緒に学んでいた先輩から30年ぶりに連絡をもらって、お互いに連絡をとるようになって、そういうつながりがまたできたことはありがたいなと思います。



自分の本質との違和感に気づき始めた人へ




-    本がいろいろなつながりをまた作ってくれているんですね。



小森谷:
本の中に、藤田一照さんとのやりとりで印象深い会話があります。「なぜ、この世界に禅が必要なのか?」という問いかけに対し、藤田さんが「この世に禅は必要か否か、というのは一言では答えられない。中には必要な人あるいは組織もいるのではないか。それはどんな人や組織なのか、その方が質問として受けやすいですね。禅は抽象的な問いを避けて、なるべく具体的ないまここの話から始めようとするんですよ。」と、長くなるので略した部分もありますが、このやりとりに禅の魅力を感じました。最後の質問は、これに倣っての質問となります。



-    小森谷さんが執筆されたこの本を必要としている人や組織は、どういった方々でしょうか?



小森谷:
この本では、「十牛図」がひとつ重要な要素になっています。「十牛図」とは、牛を見失った牧人が、逃げ出した牛を探し求めて、捕らえて、飼いならし、やがては一体化していくという過程を十の絵図で説いたものです。ここでの「牛」は「本来の自己」を意味していて、「牧人」は本来の自己を探求する者です。つまり、「十牛図」は「真の自覚」に至るプロセスとなっているわけです。

ここで言いたいのは、牛を見失ってしまっている牧人が、世の中にはたくさんいるということです。例えば、長い間大きな企業に勤めて、相当に激しく忙しく働いて、部長にまで昇進して、社会的な地位も給与も高くなったけども、これで本当に良かったんだっけ、本当に自分がやりたいことをきちんとやってきたんだっけみたいな。そういう、自分が今、なにか迷っているなとか、今の自分にちょっと違和感があるなとか、これはどうにかしなくちゃいけないなとか、そういった自覚、自分の本質との違和感に気づき始めた人。この本を書くときに想定したのは、そういう人たちです。

組織も同様で、我々はこのままで本当にいいんだっけ、誰の笑顔を見たかったんだっけというように、自身の存在意義、存在理由を問い直す局面ですね。そういう岐路に立つ人や組織において、道標になってくれると思います。



-    小さな違和感を持ったら、ぜひ一度読んでいただきたいなと思います。本日はありがとうございました。

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