小森谷 浩志2026.07.21
対話疲れ、1on1の形骸化、心理的安全性の誤解を超えるために
対話が普及したからこそ、対話の本質が問われている
近年、日本企業において「対話」という言葉は広く普及しました。1on1、心理的安全性、エンゲージメント向上、キャリア対話、パーパス対話、組織開発ワークショップなど、さまざまな場面で対話の重要性が語られています。かつてのような一方通行でトップダウンの指示・命令型マネジメントから、相手の声を聴き、現場の思いを受け止め、関係性を重視しようとする流れが生まれていること自体は、大きな進展です。
その一方で、前回も触れましたように、現場には「対話疲れ」とも呼べる感覚が広がっています。
1on1は義務化されたが、深まらない。
対話の場は増えたが、本音は出ない。
心理的安全性を重視するあまり、耳の痛いことを言えない。
ワークショップでは盛り上がるが、結局何も変わらない。
こうした現象をみるに、対話という言葉が広がる一方で、対話の本質が制度や手法に回収され、形骸化しているように思えます。
対話の本義とは何か
ここで重要なのは、対話を単なるコミュニケーション技法として捉えないことです。対話とは、単に話し合うことでも、相手の話に同調することでも、合意形成を行うことだけでもありません。
暗黙知と形式知の相互交換による、知識創造モデル(SECIモデル)を提示した経営学者野中郁次郎は対話を次のように定義しています。
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